今日は熊本県荒尾市『平山の家』の地鎮祭でした。

天候にも恵まれて、無事工事の安全祈願祭を執り行うことが出来ました。

昨年より進めてきました設計業務もいよいよ大詰め。

程なく着工となります。

 

話は変わりまして、去る3月12日に私が所属する鳥栖青年会議所の3月例会に参加をしました。

その中で、例会参加に際し、自分の原点を見つめ直す機会をいただきました。

自分の生い立ち、ルーツから今の仕事をするに至った経緯などなど。

少し長くなりますが。

 

私は昭和56年12月16日に佐賀県伊万里市にて、松本家3人兄弟の長男として生をうけました。

父は県職員(公務員)、母はパート勤務というごく普通の家庭で育ちました。

唯一にして自分の中で一番大きかったと思うことは、父の仕事上、転勤が多く、引っ越しも多かったことです。

これまでに住んだ土地は、伊万里市に7年、佐賀市に5年、小城市に6年、東京に3年、福岡に7年、そして鳥栖市に8年。

そのせいか、私個人としてのアイデンティティーの中に自分の地元はここだ!という意識があまりないんです。

私の名刺には『佐賀県立小城高校卒業』と、少し話の小ネタになりそうなワードを入れています。

初見の方と名刺交換する際には大体『地元小城なんですね。羊羹が有名ですよね。』とか言われます。

 

実は私、この時複雑な胸中なんです。

この学歴、正確に並べると結構大変です。

履歴書を書く時に凄く面倒くさかった思いがあります。

 

伊万里市立伊万里小学校入学

佐賀市立新栄小学校転入

小城町立晴田小学校転入、卒業

小城町立小城中学校入学

東京都世田谷区立桜丘中学校転入、卒業

東京都立広尾高校入学

佐賀県立小城高校転入、卒業

読売理工専門学校入学、卒業

小学校3校、中学・高校2校に通い、入学して同じ学校で卒業を迎えたのは専門学校だけです。

 

そのことで父親を恨んだこともあります。

なぜ何回も転校しないといけないのか、子供なりにかなり悩んだことを思い出します。

 

そんな経験からか、子供には自分の生まれ育ったまちに愛着を持ってほしいと思いますし、

自分も鳥栖に腰を据えたからには、自分の住み暮らす地域、仕事をさせていただいているこのまちのことを

より知りたいと思うようになりました。

 

人間の生活の基本を表現する『衣・食・住』ということばがあります。

色々な意見があるとは思います。

衣・食も大事ですが、住が安定したものでないと衣・食も安定したものにはならないはずです。

 

住む場所がコロコロと変わる中で、生活を安定したものにするというのは難しいです。

そんな経験をした私だからこそ、『住まい』に携わる仕事をしているのかなと思います。

居心地の良い住まいをつくることで、建て主さんの暮らしがより良いものになるお手伝いをこれからもしていきたいと思います。

 

松本設計 松本 孝充